目次
バレンシアCFとは?
バレンシアCFは、スペイン東部の都市バレンシアを本拠地とする名門サッカークラブです。1919年創設、リーグ優勝6回、UEFAカップ・欧州カップウィナーズカップなど欧州タイトルも複数獲得しており、伝統的にレアル・マドリード、FCバルセロナ、アトレティコ・マドリードと並ぶスペインサッカーの「四強(クアトロ・グランデス)」の一角として語られてきたクラブです。
ファンの愛称は「チェ(Che)」——バレンシア語の呼びかけ言葉に由来し、クラブとファン全体を指す言葉として定着しています。ホームスタジアムはメスタージャ、収容人数は約49,430人です。

基本データ一覧
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 創設年 | 1919年3月18日(正式認可) |
| ホームスタジアム | メスタージャ(1923年開場) |
| 収容人数 | 約49,430人 |
| リーグ優勝回数 | 6回 |
| コパ・デル・レイ優勝回数 | 8回 |
| 現在の監督 | カルロス・コルベラン(2024年12月就任、2028年まで契約) |
| 現在の会長 | キアット・リム(2025年3月就任) |
| 実質的オーナー | ピーター・リム(メリトン・ホールディングス、2014年〜) |
| 愛称 | チェ(Che) |
バレンシアCFの歴史:創設から現在まで
1919年:創設とアマチュア時代
1919年3月1日、ゴンサロ・メディナ、オクタビオ・アウグスト・ミレゴらアマチュアの若者たちによって創設趣意書が作成され、同年3月18日に行政当局の認可を受けて正式に発足しました。初代会長はコイントスの末にミレゴが務めることになったと伝えられています。
1940年代:“エキポ・デル・トゥリア”、黄金の40年代
監督エドゥアルド・クベイスのもと、バレンシアCFは1941-42、1943-44、1946-47の3シーズンでリーグ優勝を果たし、地元を流れるトゥリア川にちなんで「エキポ・デル・トゥリア(トゥリアの軍団)」と呼ばれる黄金時代を築きました。
1960〜80年代:欧州タイトルの時代
1962年、1963年とコパ・デ・フェリアス(現在のUEFAヨーロッパリーグの前身にあたる大会)を連覇。1962年の決勝ではFCバルセロナを2試合合計7-3で下しています。1980年には欧州カップウィナーズカップ(レコパ)の決勝でアーセナルと対戦し、0-0のままPK戦にもつれ込んだ末、GKペレイラの活躍で優勝を果たしました。
1999〜2004年:クーペル&ベニテス黄金期
エクトル・クーペル監督のもと、1999-2000シーズンと2000-01シーズンにチャンピオンズリーグ決勝に2年連続で進出(それぞれレアル・マドリード、バイエルン・ミュンヘンに敗れ準優勝)。続くラファエル・ベニテス監督のもとでは、2001-02、2003-04シーズンにリーグ優勝を果たし、2003-04シーズンにはUEFAカップも制覇(決勝でオリンピック・マルセイユを撃破)——クラブ史上もっとも輝かしい時代の一つとなりました。
2014年〜:ピーター・リム時代
2014年以降、シンガポール人実業家ピーター・リムが投資会社メリトン・ホールディングスを通じてクラブの実質的なオーナーとなっています。この体制下では監督交代の頻発やファンとの軋轢が目立ち、クラブの現状については本記事後半で詳しく取り上げます。
メスタージャ・スタジアム:歴史と新スタジアム計画
メスタージャは1923年に開場し、以来100年以上にわたってバレンシアCFのホームスタジアムとして使われ続けています。現在の収容人数は約49,430人です。1969年から1994年までの25年間は、クラブ史上最も偉大な会長の一人とされるルイス・カサノバの名を冠し「エスタディオ・ルイス・カサノバ」と呼ばれていましたが、1994年、カサノバ本人の希望により元の「メスタージャ」の名称に戻されました。

メスタージャ最大の特徴は、その傾斜の急な観客席です。用地が市街地の中に限られていることから、限られた敷地面積で収容人数を確保するために非常に垂直に近い設計が採用され、最上段の傾斜角は約34〜35度——FIFA・UEFAが定める安全基準の上限(37度)に迫る、ヨーロッパでも屈指の急勾配とされています。この「壁のような」観客席がピッチのすぐ近くまで迫ることで、相手チームに強烈なプレッシャーを与える雰囲気を生み出しています。


隣接地では新スタジアム「ヌ・メスタージャ」の建設が進められています。2007年に着工したものの財政難で長らく工事が中断していましたが、2025年1月10日、建設会社FCCのもとで工事が正式に再開されました。2026年央時点で工事の進捗率は約75%に達しており、バレンシア市との合意に基づけば2027年7月に完成証明書を取得し、翌7月12日の開業を目指しています。完成後の収容人数は約77,044人となる見込みで、2030年ワールドカップの開催候補スタジアムの一つにも挙げられています。

バレンシアCFの歴代レジェンドたち

マリオ・ケンペス(アルゼンチン)
在籍:1976〜1981年、1981〜1982年
クラブ史上最大のレジェンドとされるストライカー。1978年、母国開催のワールドカップでアルゼンチン優勝の立役者となり、大会得点王にも輝きました。バレンシアでもコパ・デル・レイやレコパ制覇に貢献し、今なおクラブを象徴する存在です。

ガイスカ・メンディエタ(スペイン)
在籍:1995〜2001年
2度のチャンピオンズリーグ決勝でチームを牽引したキャプテン。攻撃の中心として黄金期を支えたレジェンドであると同時に、キャリア通算34本中31本を決めた(成功率91.18%)史上屈指のPKキッカーとしても知られています。

アメデオ・カルボーニ(イタリア)
在籍:1997〜2006年
ローマから加入し、9シーズンにわたって左サイドバックを守り続けた「不沈艦」。リーグ優勝2回、コパ・デル・レイ、UEFAカップ、スペイン・スーパーカップなど数々のタイトル獲得に貢献し、引退後は一時期クラブのスポーツダイレクターも務めました。

ダビド・アルベルダ(スペイン)
在籍:1997〜2013年
「グラン・カピタン(偉大なる主将)」の異名を持つ、生え抜きの守備的MF。公式戦574試合に出場し、10年以上にわたってチームのキャプテンを務めました。黄金期を支えた不動のボランチとして、クラブ史上最も愛された選手の一人です。

サンティアゴ・カニサレス(スペイン)
長年にわたり守護神としてゴールマウスを守り続けた歴代屈指のGK。クーペル&ベニテス時代の欧州タイトル獲得を支えました。
パブロ・アイマール(アルゼンチン)
在籍:2001〜2006年
天性のテクニックを持つ司令塔で、少年時代のリオネル・メッシが「自分のスタイルはアイマールだ」と公言していたことでも知られる、まさに”メッシの少年時代のアイドル”。5シーズンにわたりバレンシアの攻撃を彩りました。

ダビド・ビジャ(スペイン)
バレンシアCFで才能を開花させ、後にスペイン代表歴代最多得点記録を打ち立てた名ストライカー。下部組織ではありませんが、若くしてバレンシアで主力となり、スター街道を歩み始めました。

なお、2026年ワールドカップ決勝で決勝ゴールを決めたフェラン・トーレスも、バレンシアCFの下部組織出身選手の一人です。詳しい経歴は同選手の記事で紹介しています。
現在の監督:カルロス・コルベラン
現在の指揮官はカルロス・コルベランです。2024年12月に就任し、2028年までの契約を結んでいます。
ピーター・リム体制:シンガポール実業家オーナーの功罪
2014年以降、バレンシアCFはシンガポール人実業家ピーター・リムが投資会社メリトン・ホールディングスを通じて実質的に所有しています。この体制下では、監督交代の頻発や強化方針をめぐるファンとの軋轢が目立ち、一部のファン団体からはオーナーの売却を求める抗議活動も行われてきました。
会長職は2022年から2025年3月までレイフーン・チャン氏が務めたのち、2025年3月からはピーター・リムの息子であるキアット・リム氏が引き継いでいます。
注目選手トップ10(2026-27シーズン)
1. ホセ・ガヤ(スペイン)
チームのキャプテンを務める左サイドバック。
2. ハビ・ゲラ(スペイン)
下部組織出身、クラブの”至宝”と称される中盤の選手。2026年6月、5年近くぶりとなるバレンシア出身選手としてのスペイン代表デビューを果たしました。
3. ウーゴ・ドゥロ(スペイン)
チームの主力ストライカー。
4. アルナウト・ダンジュマ(オランダ)
高い突破力を持つウインガー。
5. グイド・ロドリゲス(アルゼンチン)
中盤の底を支える選手。契約は2028年6月まで延長済みです。
6. ペペル(スペイン)
ボランチとしてチームのバランスを担う選手。
7. アルナウ・マルティネス(スペイン)
2026年夏、ジローナから加入した右サイドバック。5年契約(2031年まで)。
8. ストレ・ディミトリエフスキ(北マケドニア)
2024年6月にライーヨ・バジェカーノから加入したGK。北マケドニア代表の守護神でもあります。
9. ディミトリ・フルキエ(フランス)
右サイドの守備を担う選手。
10. 佐藤龍之介(日本)
2026年、FC東京から加入した若きウインガー。バレンシアCFトップチーム史上初の日本人選手です。詳しくは本記事後半の「ペーニャVCFニッポン」のセクション、および「スペインでプロサッカーに挑んだ日本人選手たち」で紹介しています。
獲得タイトル一覧
| タイトル | 回数 | 最新獲得 |
|---|---|---|
| リーグ | 6回 | 2003-04シーズン |
| コパ・デル・レイ | 8回 | 2019年(決勝でFCバルセロナを2-1で撃破) |
| コパ・デ・フェリアス(UEFA欧州リーグ前身) | 2回 | 1963年 |
| 欧州カップウィナーズカップ(レコパ) | 1回 | 1980年 |
| UEFAカップ | 1回 | 2004年 |
| スペイン・スーパーカップ | 1回 | 1999年 |
| 欧州スーパーカップ | 2回 | 2004年 |
ご注意: 上記は主要タイトルの一覧です。下部リーグ(セグンダ・ディビシオン)優勝や国内の小規模カップ戦などを含めると、バレンシアCFの獲得タイトル総数は23個とされています(2026年時点、スペイン国内クラブ歴代5位)。
ペーニャVCFニッポン:日本の公式ファンクラブ
バレンシアCFには2018年から公式の日本人ファンクラブが存在します。ペーニャVCFニッポン——設立者はタカ・オクヤマ氏(愛称「オック」)、2000年から個人でバレンシアCF応援サイト「vcfjapan.org」を運営してきた筋金入りのバレンシアニスタです。
ペーニャの発足式は、クラブ創設100周年にあたる2018年11月24日、東京都内で開催されました。30人以上の設立メンバーが集い、ディナーや式典に加え、スポーツジャーナリストの倉敷保雄氏、小澤一郎氏を招いたトークショーでクラブの過去・現在・未来について語り合い、最後はSDウエスカ戦の劇的な逆転勝利をライブ観戦して締めくくりました。
発足時72人でスタートしたペーニャは、その後会員数を伸ばし(2024年時点、会長本人の発言によれば)レアル・マドリードやFCバルセロナの日本公式ファンクラブを上回る、日本国内最大のスペインサッカー公式ファンクラブとなりました。日本人76人、中国人1人、スペイン人1人という顔ぶれです。
オクヤマ氏がバレンシアを応援するようになったのは1998年、日本代表初のワールドカップ出場をきっかけに、アルゼンチン人MF「ピオホ」ロペスに魅了されたことがきっかけでした。2017年以降はスペインへ何度も足を運び、これまで6回渡航、メスタージャでの観戦は9試合に及びます。直近の渡航では新婚旅行先としてメスタージャを訪れ、妻もバレンシアファンになったといいます。
このペーニャの存在は、バレンシアCFと日本との長年のつながりの延長線上にあります。1979年にはマリオ・ケンペスが来日し、2004年にはリーグ・UEFAカップ二冠を達成した直後のチームがパブロ・アイマールを看板に据えたアジアツアーを実施。さらにクラブは金沢・和歌山の2拠点で「VCFアカデミー・ジャパン」(2010年よりヨシオ・ナカタニ氏が指揮、約100人が在籍)を展開しており、2026年にはFC東京出身の佐藤龍之介がバレンシアCFトップチーム史上初の日本人選手として加入しています。
詳しくは公式サイトvcfjapan.orgをご覧ください。
ラ・リーガとの関係/ライバル関係
バレンシアCFは、レアル・マドリード、FCバルセロナと並び、ラ・リーガの歴史を語る上で欠かせない伝統クラブの一つです。地元バレンシア州における最大のライバルはレバンテUDで、両クラブの対戦は「バレンシア・ダービー」として知られています。
出典
よくある質問
バレンシアCFはいつ、誰によって創設されましたか? ▾
バレンシアCFのファンはなぜ「チェ(Che)」と呼ばれるのですか? ▾
バレンシアCFはリーグ優勝を何回果たしていますか? ▾
バレンシアCFの最近の黄金期はいつですか? ▾
バレンシアCF史上最高の選手は誰ですか? ▾
バレンシアCFのホームスタジアムはどこですか? ▾
「ヌ・メスタージャ」とは何ですか?いつ完成しますか? ▾
バレンシアCFのオーナーは誰ですか? ▾
バレンシアCFの現在の監督は誰ですか? ▾
バレンシアCFに日本人選手はいますか? ▾
バレンシアCFの公式日本人ファンクラブはありますか? ▾
バレンシアCFの紋章になぜコウモリが描かれているのですか? ▾
免責事項 本記事は執筆時点で入手できる最善の情報をもとに 作成しています。ただし、料金・営業時間・入場条件・ 法規制などは予告なく変更される場合があります。 重要な判断をされる際は、必ず公式サイトや 関係機関で最新情報をご確認ください。 スペイン倶楽部は記事内容の正確性を保証するものではなく、 本記事の情報を参考にした結果について いかなる法的責任も負いません。
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