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日本人選手のラ・リーガ挑戦史|久保建英まで

David Recalde ダビッド・レカルデ | | 約15分
レアル・ソシエダでボールを持つ久保建英
1996年、財前宣之の挑戦から始まった日本人選手とスペインプロサッカーの歴史。城彰二の初ゴール、乾貴士の6年間、岡崎慎司の35歳での挑戦、そして久保建英の活躍まで、記録と本人・関係者の言葉で振り返ります。
目次
  1. 1. 1. パイオニアたちの時代(1996年〜2001年)
  2. 2. 2. 静かな挑戦の時代(2004年〜2010年)
  3. 3. 3. 黄金世代の挑戦(2015年〜2021年)
  4. 4. 4. 久保建英の時代(2019年〜現在)
  5. 5. 歴代主要選手 記録一覧
  6. 6. まとめ:30年かけてつながれてきたバトン

スペインでプロサッカーに挑んだ日本人選手たち|歴代の記録とストーリーで振り返る

2026年、久保建英はレアル・ソシエダの中心選手としてラ・リーガを戦っています。しかしこの成功の裏には、1996年に怪我でデビューすら叶わなかった一人の選手から始まる、30年にわたる挑戦の歴史があります。

この記事では、スペインのプロサッカーに挑んだ歴代日本人選手たちを、4つの時代に分けて振り返ります。なお、「ラ・リーガ完全ガイド」で解説している通り、LaLigaという組織は1部(LaLiga EA Sports)だけでなく2部(LaLiga Hypermotion)も統括しており、本記事でも両方の挑戦を対象にしています。記録だけでなく、選手たち自身や関係者が語った言葉もあわせて紹介し、異文化での挑戦がどのようなものだったのかを伝えます。

なお、女子サッカーにおける同様の挑戦の歴史は「リーガF完全ガイド」でも紹介しています。


1. パイオニアたちの時代(1996年〜2001年)

財前宣之:デビューできなかった「日本人第1号」

1996年、ヴェルディ川崎からログローニェスへ期限付き移籍した財前宣之は、スペイン1部クラブに所属した最初の日本人選手となりました。しかし怪我の影響もあり、公式戦に出場することはありませんでした。記録としては挑戦の始まりですが、実際のプレーで日本人の力を示すには、もう少し時間が必要でした。

ログローニェス時代の財前宣之(1996-97シーズン)

安永聡太郎:スペインで実際にプレーした最初の日本人

財前の翌年にあたる1997年8月30日、横浜マリノスからUEレリダへ期限付き移籍した安永聡太郎が、スペインで実際にプロの公式戦に出場した最初の日本人選手となりました。所属は2部(LaLiga Hypermotionの前身にあたるセグンダ・ディビシオン)で、1997-98シーズンは34試合に出場し4得点を記録。2002年には再びスペインに渡り、ラシン・フェロルにも所属しています。

UEレリダ加入発表時の安永聡太郎

日本国内では横浜マリノスの1995年J1優勝メンバーとして愛される存在でもあり、スペインのメディアからも「スペインサッカー史上初の日本人」としてたびたび紹介されています。

FCバルセロナ戦でプレーする安永聡太郎(UEレリダ時代)

なお安永は、2022年にインスティトゥト・セルバンテス東京で行われたラ・リーガ公式サッカー辞典の発表イベントにもゲストとして参加しています。当日の様子は「サッカー用語で学ぶスペイン語」の冒頭写真でも紹介しています。

財前(1部契約するも出場なし)→安永(プロとして実際に出場、2部)→次に紹介する城彰二(1部での初出場・初ゴール)という3段階を経て、日本人選手のスペイン挑戦は本格的に始まっていきます。

城彰二:1部での初出場・初ゴールを記録した男

実際にピッチに立ち、得点も記録した最初の日本人選手が城彰二です。1999-2000シーズン、横浜F・マリノスからバジャドリードへ期限付き移籍し、15試合に出場して2得点をマークしました。

バジャドリード時代の城彰二

当時の監督グレゴリオ・マンサーノは城についてこう評しました。

「城はゴールゲッターとしての生来的な才能を持っている」

元FCバルセロナのMFで、当時チームメイトだったエウセビオも城を高く評価していました。

「テクニックの高いチームプレーヤー」

監督ハビエル・アスカルゴルタも「ストライカーとして基本的なスキルが高く、スペインでも通用する力を持っている」と証言しており、日本人選手が現地の指導者・選手から実力を認められた最初の事例となりました。

西澤明訓:信頼関係構築の難しさ

2000-01シーズン、セレッソ大阪からエスパニョールへ期限付き移籍した西澤明訓は、6試合に出場しましたが得点はなし。監督パコ・フローレスとの信頼関係を築くのに苦戦したとされ、後に続く選手たちが直面する「実力以外の壁」を早くも示すケースとなりました。

エスパニョール時代の西澤明訓


2. 静かな挑戦の時代(2004年〜2010年)

大久保嘉人:残留を救ったデビュー弾

2005-06シーズン、セレッソ大阪からマジョルカへ期限付き移籍した大久保嘉人は、39試合に出場し5得点を記録。デビュー戦でいきなり得点とアシストを記録する鮮烈なスタートを切りました。シーズン終盤の最後4試合では2得点2アシストを挙げ、チームの残留に大きく貢献しています。

マジョルカ時代の大久保嘉人

中村俊輔:期待を背負った完全移籍

2009年、スコットランドのセルティックで数々のタイトルを獲得した中村俊輔が、エスパニョールへ完全移籍しました。高い実績を引っさげての挑戦は大きな期待を集めましたが、この時代はまだ、日本人選手が本拠地を移してもリーグ全体で注目される存在にはなりきれていませんでした。次の「黄金世代」の到来まで、あと数年を要します。

エスパニョール時代の中村俊輔


3. 黄金世代の挑戦(2015年〜2021年)

日本人選手がラ・リーガで最も層の厚い挑戦を見せたのがこの時代です。複数の選手が同時期に活躍し、記録も塗り替えられていきました。

乾貴士:ラ・リーガ最多出場の日本人

2015年にエイバルへ加入した乾貴士は、その後ベティス、アラベスと渡り歩き、日本人選手としてラ・リーガ最多出場記録を打ち立てました。

エイバル時代の乾貴士

エイバル時代について、乾自身はこう振り返っています。

「別物ですよ、ホンマに。サッカー自体もピッチも強度も全て違う」

「自分が感じたのは、サッカーを知ってる頭のいい選手が多いってこと」

人口2〜3万人ほどの小さな町エイバルでの生活について、乾は「ファミリー感があった」と語り、在籍6年間を通じて一度もブーイングを受けたことがないと明かしています。

「ブーイングをされたことがない。俺がベティスとアラベスに移籍して戻ってきた時や、2部に降格してしまった時もブーイングはされなかったし、むしろ拍手された」

一方でベティス移籍後は、ポゼッション主体の戦術の中で持ち味のスピードを生かしづらい時期もあり、順風満帆ではなかったことも記録されています。

清武弘嗣:言葉の壁に阻まれた半年

2016年、ドイツ・ハノーファーからセビージャへ移籍した清武弘嗣は、4試合出場1得点という限られた出場機会にとどまりました。スペイン語の個人授業を受けながらも、当時は十分なコミュニケーションレベルに達しておらず、言葉が「壁」となったことが伝えられています。半年後、セレッソ大阪への復帰が決まりました。

セビージャ時代の清武弘嗣

柴崎岳:自らスペイン語を学んだ努力家

2017年にヘタフェへ移籍した柴崎岳は、移籍前からスペイン語を独学で学び、加入会見でその成果を披露して現地メディアを驚かせました。英語ではなくスペイン語の習得を選んだ姿勢は、チームメイトからも高く評価されています。

ヘタフェ時代の柴崎岳、FCバルセロナ戦でのゴールを喜ぶ

武藤嘉紀:欧州3大リーグ制覇と史上初の”共演”

2020年、プレミアリーグ・ニューカッスルからエイバルへ期限付き移籍した武藤嘉紀は、すでにチームにいた乾貴士とチームメイトになりました。同一クラブに日本人選手が2人在籍するのは、ラ・リーガ史上初めてのことでした。

第11節のベティス戦でコーナーキックから先制点を記録した武藤は、この得点によってドイツ・イングランド・スペインという欧州主要3リーグすべてで得点した初の日本人選手となりました。

エイバル時代の武藤嘉紀

岡崎慎司:35歳、昇格請負人としての挑戦

この時代を締めくくるのが岡崎慎司です。2019年、33歳でスペイン2部のウエスカに加入すると、チーム最多となる12得点を記録し、チームを1部昇格に導きました。迎えた2020-21シーズン、初めてラ・リーガのピッチに立ちましたが、チームはそのシーズン限りで2部へ降格。岡崎自身もクラブを去ることになります。

ウエスカでゴールを喜ぶ岡崎慎司

挑戦を振り返り、岡崎はこう語っています。

「ヨーロッパで引退する覚悟じゃないと、見返すことはできない」

2部での結果を1部でどう証明するか——その問いに、岡崎は次のように向き合っていたといいます。

「2部では結果が出たけれど、1部ではどうなるのか?」

昇格に導いた立役者が、その舞台で戦い、そして去っていく——ビターな結末も含めて、挑戦のリアルを物語るストーリーです。


4. 久保建英の時代(2019年〜現在)

2019年にFC東京からレアル・マドリードへ加入した久保建英は、非EU選手枠の影響で1軍デビューが叶わないまま、マジョルカ・ビジャレアル・ヘタフェへの4度のレンタルを経験しました。2022年7月にレアル・ソシエダへ完全移籍すると、移籍1年目の2022-23シーズンに9得点7アシストを記録してチームのシーズンMVPに選出され、日本人選手による1シーズンの最多得点記録を樹立します。

レアル・ソシエダでゴールを喜ぶ久保建英

ラ・マシア時代の挫折から、流暢なスペイン語で話題になったワールドカップのインタビューまで、久保建英個人の詳しい経歴は「久保建英完全ガイド」で紹介しています。

言葉の壁に苦しんだパイオニアたちの時代から約25年。現地の言葉で自分らしく語れる日本人選手が、ラ・リーガの中心で活躍している——それ自体が、この歴史の一つの到達点と言えるかもしれません。

佐藤龍之介:新たな挑戦者

2026年7月、FC東京からバレンシアCFへ完全移籍した佐藤龍之介(19歳)が、この歴史に新たな一章を加えようとしています。久保建英以来となる16歳でのプロデビューを果たした逸材で、日本代表でも最年少記録を更新するなど期待を集めています。ただし出場・登録状況については流動的な部分があるため、最新情報は公式発表をご確認ください。バレンシアCFには2018年設立の公式日本人ファンクラブ「ペーニャVCFニッポン」もあり、詳しくは「バレンシアCF完全ガイド」で紹介しています。

バレンシア加入時の佐藤龍之介


歴代主要選手 記録一覧

選手名主な所属クラブ主な在籍期間通算成績(スペイン全クラブ合計)特筆すべき点
財前宣之ログローニェス1996年0試合0得点(出場なし・怪我)スペイン1部クラブに所属した日本人第1号
安永聡太郎UEレリダ/ラシン・フェロル1997-98、2002-0346試合5得点スペインでプロとして実際にプレーした最初の日本人
城彰二バジャドリード1999-200015試合2得点1部での初出場・初ゴールを記録した日本人第1号
西澤明訓エスパニョール2000-016試合0得点監督との信頼関係構築に苦戦した挑戦者
大久保嘉人マジョルカ2005-0639試合5得点デビュー戦で得点とアシストを記録
中村俊輔エスパニョール2009-1013試合0得点セルティックでの実績を引っさげての完全移籍
清武弘嗣セビージャ2016-174試合1得点言葉の壁に阻まれた半年間の挑戦
乾貴士エイバル/ベティス/アラベス2015-21166試合16得点日本人選手ラ・リーガ最多出場記録保持者
柴崎岳テネリフェ/ヘタフェ/デポルティボ/レガネス2017-23165試合8得点加入会見でスペイン語を披露し現地を驚かせた努力家
武藤嘉紀エイバル2020-2126試合1得点独英西の欧州3大リーグ全てで得点した唯一の日本人
岡崎慎司ウエスカ2019-2162試合13得点35歳で挑み、チームを2部優勝・1部昇格に導いた得点王
久保建英マジョルカ/ビジャレアル/ヘタフェ/レアル・ソシエダ2019年〜現在213試合29得点(2025-26シーズン終了時点)22-23シーズンにチームMVP、日本人選手史上最多のシーズン得点記録
佐藤龍之介バレンシア2026年〜出場記録なし(登録・出場状況は流動的)久保建英以来16歳でのプロデビューを果たした逸材

ご注意: 上記の通算成績は、各選手がスペインで所属した全クラブ・全シーズンのリーグ戦成績を合算したものです。現役選手(特に久保建英選手・佐藤龍之介選手)の成績は毎シーズン更新されるため、最新の数字は各クラブの公式発表や公式スタッツサイトでご確認ください。


まとめ:30年かけてつながれてきたバトン

財前宣之の挑戦から久保建英のMVPシーズンまで、日本人選手とスペインプロサッカーの歴史は、決して一直線の成功物語ではありません。デビューすら叶わなかった選手、言葉の壁に阻まれた選手、昇格に導きながらもチームを去った選手——それぞれの挑戦が積み重なって、今の久保建英の活躍があります。

ラ・リーガの基本情報については「ラ・リーガ完全ガイド」、スペイン代表とラ・リーガの関係については「サッカー スペイン代表 完全ガイド」もあわせてご覧ください。

出典

よくある質問

スペインでプレーした最初の日本人選手は誰ですか?
クラブに初めて所属したのは1996年に期限付き移籍でログローニェスに加入した財前宣之選手ですが、怪我のため試合出場はありませんでした。実際にプロの公式戦に出場した最初の日本人選手は、1997年にUEレリダ(2部)でプレーした安永聡太郎選手です。1部で実際に出場し、得点も記録した最初の日本人選手は、1999-2000シーズンにバジャドリードでプレーした城彰二選手です。
現在(2026年)、スペイン1部でプレーしている日本人選手はいますか?
レアル・ソシエダの久保建英選手が中心選手として活躍しています。2026年7月にはFC東京からバレンシアへ完全移籍した佐藤龍之介選手も加わりましたが、出場・登録状況については流動的なため、最新情報は公式発表でご確認ください。
ラ・リーガで最も活躍した日本人選手は誰ですか?
評価軸によって異なります。通算出場数では、エイバル・ベティス・アラベスで6年間プレーした乾貴士選手が166試合で歴代最多です。一方、1シーズンの得点数では、2022-23シーズンに9得点を記録しチームMVPに輝いた久保建英選手が日本人の最多記録を保持しています。なお、久保選手はスペイン在籍クラブ通算では213試合29得点(2025-26シーズン終了時点)を記録しています。
同じチームに日本人選手が2人在籍したことはありますか?
はい。2020-21シーズンのエイバルで、乾貴士選手と武藤嘉紀選手が同時に在籍しました。同一クラブに日本人選手が2人在籍したのは、ラ・リーガ史上初めてのことでした。
日本人選手がスペインで適応するのに苦労する理由は何ですか?
多くの選手が挙げるのが言語の壁です。清武弘嗣選手や柴崎岳選手はスペイン語の習得に苦労・尽力したことで知られています。また、乾貴士選手が「別物」と表現したように、球際の強度やプレースピード、戦術理解度の高い選手層など、日本とスペインのサッカーそのものの違いに適応する難しさも大きな要因です。

免責事項 本記事は執筆時点で入手できる最善の情報をもとに 作成しています。ただし、料金・営業時間・入場条件・ 法規制などは予告なく変更される場合があります。 重要な判断をされる際は、必ず公式サイトや 関係機関で最新情報をご確認ください。 スペイン倶楽部は記事内容の正確性を保証するものではなく、 本記事の情報を参考にした結果について いかなる法的責任も負いません。

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